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全盲ろうの門川さん、盲導犬と歩む人生へ (朝日新聞デジタル)


本紙ひと欄(昨年12月31日付)で、盲導犬と歩く夢を語っていた盲ろうの門川紳一郎さん(51)=視聴覚二重障害者福祉センターすまいる理事長=がこのほど、念願の盲導犬使用者になりました。公益財団法人日本盲導犬協会によると、見えない聞こえない全盲ろうの人で盲導犬を使用するのは、日本ではいま、門川さんだけだといいます。

■盲ろう者の社会参加の先頭に立って


門川さんは生まれつきの弱視で、4歳の時に失聴。視力は光を感じる程度です。日本で初めて盲ろう大学生となった東大教授福島智さんに続いて大学に進み、卒業後は米国に渡って手話やリハビリテーションを学びました。

帰国して1999年、「就労へつないでいけたら」と、盲ろう者が集い情報交換できる拠点としてNPO法人すまいるを大阪で始動。単身、海外の盲ろう大会に出向くなど、盲ろう者の社会参加の先頭に立ってきました。

盲導犬を使用している盲ろう者が欧米にいることは、実際に海外で出会って知っていました。留学中に知り合ったインド人の盲ろう男性は生まれつきのろう者で、言葉はしゃべりませんでしたが、ニューヨークの街を盲導犬と地下鉄に乗り、マンハッタンの門川さんのところへも来たといい、その勇気ある行動に心動かされたそうです。

当時門川さんはまだ、白杖を使って1人で歩くことができたので、日本では全く聞こえない人には盲導犬を持たせてもらえないのかな、というくらいに考えていたそうです。しかし、十数年前から視野が狭まり、視力も落ちて1人では歩きにくくなり、「以前のように自由に動き回りたくて」盲導犬使用の可能性を考えるようになりました。

■「風を切って自由に歩けるように」


そんな折、盲ろう団体で一緒に活動している弱視で難聴の男性が盲導犬使用者になったことを知り、男性に日本盲導犬協会を教えてもらってすぐに連絡をとったのが3年前の夏。その年の秋に同協会の理事で、盲導犬育成統括責任者の多和田悟さん(63)と会い希望を伝えました。そのとき、多和田さんは「門川さんの歩きたいという強固な意志」を感じたそうです。

盲ろう者の盲導犬使用については、犬との共同訓練の際に訓練士が即座に犬の動きや指示を伝える難しさや、犬がほえてもそれが聞こえないなど盲ろう者と犬とのコミュニケーションの難しさなどが言われていました。しかし、以前から盲ろう者の歩行について研究してきた多和田さんはこのときすでに、「この人をどうやって歩かせようか。そのためにはどんな準備をすべきか」を考えていたといいます。

去年4月、大阪市天王寺区のすまいるの事務所で、多和田さんと担当に決まった同協会神奈川訓練センター訓練部マネージャーの田中真司訓練士(34)が門川さんと顔合わせ。以来、コミュニケーションの取り方や講習の内容などについてメール等で下準備を重ね、今年2月8日、横浜市港北区の訓練センターでいよいよ門川さんと盲導犬、訓練士の共同訓練が始まりました。盲導犬と一緒に寝起きしながらの、約1カ月のプログラムです。

訓練は、「犬の行動学」や「犬の健康管理・飼育管理」などの座学から、階段やエスカレーターなどの段差・障害物への対応や、駅のホーム・電車内の歩行、バス・タクシーの乗降、夜間や繁華街の歩行などの実技科目まで多岐にわたります。実技中、離れたところからの門川さんとのコミュニケーションは「遠隔振動子」を使いました。門川さんの両腕に巻いた振動子を訓練士が遠隔操作でふるわせ、回数や長短、左右によって、どちらに寄るか進むか止まるか、あるいは門川さんの犬への指示と犬の動きの良しあしなどを区別して伝える工夫をしたそうです。

門川さんは、訓練初日の報告に「共同訓練で目標としたいことは、とにかく楽しく風を切って自由に歩けるようになることを目指すこと」と書きました。そのパートナーとなる犬とは2日目に初対面。名は「ベイス」、4月に2歳になったばかり、人間でいうとまだ小学生くらいの雄のイエローのラブラドルレトリバーです。 「その物体はものすごい勢いで風のように私のところへ飛んできた。これには度肝をぬかれる思いで、同時に感動的だった」。初めてベイスと会って「カム(来い)!」と呼んだときのことを、門川さんは今もそう鮮明に覚えています。「私の発声がこれほどまでに明確に犬に伝わったということの驚きと、犬とコミュニケーションがとれるんだという喜びが入り交じったようなうれしい気持ちでした」

また、ベイスは門川さんの声だけではなく、身ぶりや雰囲気も的確に読み取ってくれていると感心したことがありました。新横浜駅近くなどでの訓練中、右へまがる時に手では右を指しているのに、声では「レフト・ゴー!」と左右を何度か間違えて発声したのにもかかわらず、ベイスは手の指示にしたがって、右方向に進んでくれたのだそうです。

3月9日、全課程を修了した門川さんは、念願の盲導犬使用者となりました。多和田さんは、「決して簡単なチャレンジではなかった。彼の努力に敬意を表するばかりです。多くの人が不可能と思うことを、やり方を工夫することによって実現されていることを多くの方々に見せていただきたいと思います」と話してくれました。

門川さんにとって、ベイスはどんな犬なのでしょう?


「外ではよくお仕事をしてくれています。家に帰ってハーネス(盲導犬が体に付けている胴輪)を外したとたん、突然跳びはねたかと思うと、甘えたりします。見ていた人によると、キツネ踊りを3回転するそうです。人間でいうとまだ小学生ぐらいですから、こんなものなのでしょうか」

犬とずっと一緒の生活は?


「楽しいけど、いつまでも相手してられへん。じっとしとけ、と言いたいけど、犬が甘えたいときにはできるだけ相手することにしています。3カ月から半年は、しっかりベイスを利用して基礎を固めるよう、田中さんからの指示を受けているので、家の中でもなるべく独りぼっちにしないようにしています。保護者にもならなければならないという責任を思えば少し負担はありますが、自由に歩けることを思えば苦にはならないです」

生活は変わりましたか?


「生活のリズムとかも慣れてきたし、排泄(はいせつ)の世話などもうまくこなせるようになった。ただ、いちばんの問題は毛ですね。犬の抜け毛を掃除しないといけない。今までは掃除なんて月に1回もしてなかったけど、今は毎日、寝る前にしています。きれい好きになったかも」

門川さんにとって、ベイスはとても頼りになるパートナーになりそうです。ベイスと大阪へ帰ってから、大阪駅周辺の西梅田や東梅田の複雑な地下街を歩いてみたり、あいさつ回りなどで関係先を歩き回ったりしましたが、門川さんが電柱などの障害物にぶつかることは一度もなかったといいます。「1人では探すのに苦労した事務所の入ったビルの入り口やコンビニのドアも、一度教えるとすぐに覚える。よくできる犬だなあ、と感心しています。田中さん始め、訓練士のみなさんの指導のたまものです」

訓練士の田中さんは「まだまだ初めてのことや慣れないことばかりで大変なことも多いと思いますが、門川さんが門川さんらしくベイスとの生活を過ごしていることが、歩くことに不便を感じている他の方にとって、インスピレーションを与えることにつながると思っています。これからも協会として、サポートしていきます」とエールを送っています。

全国盲ろう者協会によると、身体障害者手帳の交付データに基づく2012年度の調査では、全国に約1万4千人の「盲」でかつ「ろう」の人がいますが、全国で盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業に利用登録している盲ろう者数(14年4月1日現在)は千人余で、残る多くの盲ろう者が在宅を強いられていると考えられます。

■「社会の隅々にまで一緒に歩んで行きたい」


門川さんが盲導犬使用者になったことを知って、自分も盲導犬を持ちたいと考えるようになった盲ろう者がいることが、もう門川さんの耳に入ってきているそうです。「可能だと思うが、ただ、盲ろうの人が盲導犬歩行をしたいのなら、まず、自分で白杖を使っての単独歩行に慣れておく必要があると思う」と言います。「その上で、盲導犬は目が見えているから、最大限に活用することで、可能性は広がる。それと一般の人に援助を依頼すること。それができたら結構自由に歩けると思います。あとは、お店など、社会が受け入れてくれるかどうかですね」

東大の福島さんによると、盲導犬の普及には、人による支援の不足を指摘する声もあるそうです。門川さんとベイスは、お互いよきパートナーとなりそうですが、犬がどこかへ連れていってくれるわけではありませんし、通訳もできません。福島さんは「通訳の派遣事業を充実させて、必要に応じて24時間、誰かがサポートに入れるようにするのが目標」と言います。門川さんも「盲導犬はあくまで補助具」と考えています。周りの人による理解と支援が欠かせないことは言うまでもありません。

4月1日、障害者差別解消法が施行されました。日本障害フォーラムの活動や内閣府の障害者政策委員会の委員として立案に関わってきた門川さんは「日本でも、やっとここまできたか」と感慨深げです。「盲導犬使用者になってまだ1カ月ではありますが、補助犬法や差別解消法を知らない人がまだまだ多いと感じています」と門川さん。「これからは安全面には十分注意しながら、後に続くであろう盲ろう者のためにも頑張らねば。そして、盲導犬についての啓発活動もやっていかねばという気持ちです。ベイスと持ちつ持たれつ、けとばしたりぶつかられたりしながら、社会の隅々にまで、一緒に歩んで行きたいです」と話しています。