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メディア情報
NHK「ろうを生きる難聴を生きる」
道を拓(ひら)く 盲ろう者と盲導犬
日本初 盲導犬と暮らす盲ろう者
<写真:ベイスと千日前通りを歩くNPO法人すまいるの理事長、門川さん。後方で盲導犬訓練士の田中さんが二人を見守る>

解説/今年春から、盲導犬と暮らし始めた盲ろう者がいます。門川紳一郎さん、51歳。生まれたときから強度の弱視だった門川さん。幼いときの病気で聴力を失い、盲ろう者となりました。
(映像/日本盲導犬協会の神奈川訓練センターのトレーニングルームで、ベイスを呼ぶ門川さん。すごい勢いで走ってくるベイス。トレーニングルームの中は学校の体育館のような雰囲気。両側が階段状になった用具、障害物よけの練習に使用するようなコーンが置かれている)
門川さん/カム!
(映像/利用者が帰ったあとのすまいるで、椅子に座っている門川さん。門川さんの足元で寝っ転がり、撫でてもらって喜んでいるベイス。しっぽをぶんぶん振っている。)
解説/不自由な生活を余儀なくされていた門川さんの元へやってきたのがベイス。ラブラドールレトリバーの2歳の雄です。
(映像:ベイスと一緒に地下鉄に乗り込む門川さん。改札口の駅員が「どうぞ」と手を差し出している。ホームに車両が止まっている。ホームドアが設置されている。)
解説/ベイスと出会ったことで、行動範囲が大きく拡がり、門川さんは、歩く喜びを感じています。
<写真:門川さんが淀川の土手に座りベイスを撫でている様子>

門川さん/なんか安心感がありますね。幸せな時間だなと感じます。
(映像:すまいるで門川さんにひもで遊んでもらうベイス。そばで田中訓練士が遊び方を指導している。)
解説/しかし、盲ろう者と盲導犬が共に暮らすことは、日本で初めての試みです。 生活を始めて三カ月、様々な課題が浮かび上がってきました。
(映像:バスを降りないベイス、階段を下りたがらないベイス。)
解説/盲ろう者と盲導犬、その新たな取り組みを追いました。
ベイスがくれる安心
(映像:門川さん、ベイスと一緒に自宅を出てくる。雨模様。)
解説/大阪市内に暮らす門川さん。毎朝、バスと電車を乗り継いで、一人で出勤します。
(門川さん、ハーネスを持ちベイスと歩き始める。ベイスは門川さんの左側を歩いている。)
門川さん/ストレート、ゴー。
<写真:歩道から地下鉄へ、門川さんの指示通り歩くベイス>

解説/二重の障害があり、ふらつきやすいのが悩みでした。しかし、ベイスの支えで、まっすぐ歩くことができるようになりました。通勤の際、門川さんが頭を痛めてきたことがあります。 それは駅の改札などを出入りすること。狭い入り口をみつけられず、電車に乗るのも一苦労でした。今ではベイスが導いてくれるため、人や物にぶつかることもなくなりました。
(映像:地下鉄への階段を下りる門川さんとベイス。階段を下りるときはリードを持っている。)
(映像:地下鉄の改札を通る門川さん。)
(映像:乗客が行き交う地下鉄の改札でインタビューに答える門川さん。)
<写真:地下鉄の車両にスムーズに乗り込む門川さんとベイス>

門川さん/電車がホームに入って来て、ドアが開きますけど、僕にはドアがどこにあって、どこが開いているのか確認ができない。その点、ベイスは『ドア、ゴー』と指示を出せば、ドアの方に案内してくれるので、電車に乗るときもスムーズになりました。以前は神経を使いながら移動してたんですけどベイスでの歩行は、交通機関の利用も含めてですけど、とても楽しいなと感じています。
(映像:すまいるがあるビルに到着。ビルは大きな通りに面している。傘をさし行き交う人々。)
生きることを楽しむ 門川紳一郎さんという人
(映像:すまいる内の様子が映し出される。和やかな雰囲気。入って右側に赤を基調とした台所がある。奥には四畳半の和室。室内には長机が4台並び、利用者がそれぞれマット作り・紙細工・編み物などをして生き生きと作業している。盲ろうの男性と通訳介助者の男性が触手話で会話をしている。盲ろうの女性がさおりを織っている。)
<写真:門川さんが全盲ろうの男性に触手話でスマホの使い方を教えている>

(映像:若かりし頃の門川さん(2001年)家から出て白杖を使い一人で歩いている。皮のコートを着ている、冬の様子。すまいるの仲間とボウリングをしている様子、とても楽しそう。)
解説/門川さんの勤め先は、自ら運営するNPOです。孤立しがちな盲ろう者が働き、交流できる場を提供しています。20年程前に、友人たちとNPOを立ち上げた門川さん。当時は、かすかにあった視力を活かし、外に出て、活動的な日々を送っていました。失明から盲導犬までの長い道のり。しかし、40代に入ると、視力が落ち、完全に失明。精神的に追い詰められていきました。
(映像:理事長室でインタビューに答える門川さん、指点字通訳はすまいるの若い男性スタッフ。壁にはアメリカの友人、バピンさんとの写真が飾ってある。)
門川さん/もうつらかった。もうほとんど引きこもってたかもしれないですね。もう嫌になっちゃって。歩けなくなっちゃいましたからね。
<写真:アメリカの盲ろう者、バピンさんと理事長>

解説/そんなときに思い出したのが、一人の友人の存在でした。学生時代、アメリカへ留学していた門川さん。そこで出会った親友のバピンさんは、盲ろう者でありながら、盲導犬と共にニューヨークの街を自由に歩いていました。
(映像:再び理事長室でインタビューに答える門川さん。)
門川さん/こいつはほんまにすごいやつだなと。これは本当に今でもすごいインパクトとして残っています。だから僕も泣き寝入りしててはいけないんだなと。
(映像:アメリカの盲導犬団体のPRビデオ、タイトルは「LEADER DOGS FOR THE DEAF-BLIND」。盲導犬訓練の様子。盲ろう者が盲導犬との歩行訓練を受けている。指導員は触手話で盲ろう者に教えている。盲導犬と車道を渡る盲ろう者、並んでいる車が盲ろう者が渡れるようにバックして車間を開けている。)
(映像:理事長室で門川さんがパソコンでメールをする様子。キーボードで入力している。)
(映像:ベイスが子供のころの写真。1枚目、寝ている顔のアップ。2枚目、キャリーの前で上目遣いでカメラを見ている。あどけない顔。3枚目、盲導犬としてハーネスを付け、凛々しい表情で正面を見ている。子供の頃とは見違えるように立派な姿。撮影場所は屋外。)
解説/アメリカでは、20年以上前から、盲ろう者への盲導犬の提供が行われてきました。
手話のできる訓練士が指導にあたります。盲ろう者は、犬への指示を、手話や手の動きで行うことができます。一方、日本では、アメリカのようなノウハウは確立されていません。門川さんは盲導犬の利用を申し込んだものの、いくつもの団体から断られます。ようやく手を挙げてくれた団体は、2年かけて、対応できる犬をみつけました。それがベイス。今年2月、横浜で訓練が始まりました。
(映像:再び訓練センターの様子、田中訓練士と話をする門川さん、指点字通訳の女性から通訳を受けている。)
田中さん/じゃあ門川さん。パートナーになる昨日話したベイスです。
<写真:田中訓練士の手引きでベイスを横に付かせる練習をする門川さん>

解説/門川さんを担当した訓練士の田中真司さん。耳が聞こえない人への指導は、初めての経験でした。
(映像:横浜の職場でインタビューに答える田中訓練士。)
田中さん/言葉が使えないっていう状況での訓練というのは予想していたんですけど、いざ始まってみると、思わず出てしまったり、ここでいつもだったらこういう説明がしたかったのにできないとか。(思うように言葉が)使えないというところでもどかしい。
<写真:訓練センターで門川さんに手のひら書きで
コミュニケーションをする田中訓練士>

(映像:地下鉄に門川さんとベイスが乗り込む、後ろに田中訓練士。車内で手のひら書きで話をしている。)
解説/試行錯誤の末、門川さんの体に触れたり、手のひらに字を書いたりして、訓練の内容を伝えることにしました。一方、門川さんにも不安がありました。
(理事長室でインタビューに答える門川さん。)
門川さん/指示を出す方法は視覚障害者の盲導犬使用と同じで音声で指示を出す方法がメインになる。僕の場合は全く聞こえないし、指示語がちゃんと出せるのか、自分も自信がなかった。
(映像:訓練センターで離れているベイスを門川さんが呼ぶ。 ベイスが走ってくる。)
門川さん/カム!カム!思いがけない結果でした。
(映像:ベイスがしっぽを振りながら門川さんの左横に走って来る。)
門川さん/カム!ヒール!グッド、グッド。
(映像:門川さんの隣にぴったりと付くベイス。)
(映像:理事長室でインタビューに答える門川さん。)
門川さん/『ベイス、カム』と一声かけたら、ものすごい勢いで飛んできたので、どっちかと言うと、僕の方が驚きましたね。ちゃんと通じるんだなと。聞こえてるんだなと。何て言うか、ホッとしたというか、うれしかったというか、僕の声でも役に立つんだなと。そう思いましたね。
ベイスと暮らして見えてきた課題
(映像:マクドナルドへ訪れた門川さんとベイス。店員が門川さんの手引きをしている。カウンターの椅子に座って食事をしている間、門川さんの足元で大人しく待っているベイス。)
解説/ベイスがやって来てから3カ月。実際に暮らしてみると、様々な課題が見えてきました。ベイスと歩く門川さんを見て、気遣って声をかけてくれる人が増えました。しかし、耳が聞こえない門川さんは、気づかないことも少なくありません。
(映像:横断歩道がある交差点で、門川さんに声をかけている男性。気付かずに歩いていく門川さん。あきらめて去っていく男性。)
(映像:地下鉄からホームへ降りた門川さんとベイス、駅員が門川さんに話しかけている。)
駅員さん/はい、こちらどうぞ。
(映像:門川さんとベイス、気づかずにそのまま歩いていく。見守る駅員。)
<写真:地下鉄の改札で取材している記者に状況を知らされる門川さん>

門川さん/えっ、声かけてくれてたんですか。うーん。僕に直接合図をしてもらわない限り、人が話しかけてきてくれてることは、僕には全く分からないですから。盲導犬と歩いているというと、単一の視覚障害者と思われがちですからね。
(映像:自宅の玄関先でベイスに排泄をさせる様子。排泄ベルトをベイスに付け、ビニール袋を装着する門川さん。ベイスは大人しくしている。)
解説/生き物であるベイスの世話も、門川さんには難しいことです。盲導犬の排せつの管理は、ユーザーがしなければなりません。門川さんはまだ、ベイスの排せつのタイミングがつかめないことがあります。
(映像:ベイスの袋を取り外して排泄したかどうか重みで確認する。)
<写真:ベイスに排せつをさせている様子>

門川さん/おしっこだけちょっとしました。
(映像:地下鉄の階段をあがる門川さんとベイス。途中でベイスが排泄をしてしまうが、門川さんは気づかない。駅員が後始末をしている。)
解説/この日、通勤の途中、ベイスは階段で失敗をしてしまいました。しかし、門川さんは気づきません。起こったことを伝えることにしました。
(映像:すまいるが入っているビルの中で事実を聞く門川さん。)
門川さん/それは大変なことやっちゃった。
(映像:門川さん、痛恨の表情。)
(映像:駅長室へ向かう門川さん。)
解説/門川さんは、駅へ謝りに行くことにしました。
<写真:駅長で謝罪をする門川さん、隣には駅員さん。
駅員さんは門川さんの肩をたたき合図をしている>

門川さん/すみませんでした。今日は。
(映像:駅長室を出る門川さん、見送る駅員。)
解説/ベイスの排せつの時間を管理するにはどうすればいいのか。適切なエサの時間や量を見極めていかなければなりません。鍵は、関係性の構築。
さらに最近、門川さんは、ベイスの行動に戸惑うことが増えています。言うことを聞かず、その場に立ち止まってしまうことがあるのです。
<写真:バスや階段からなかなか降りようとしない
ベイスに門川さんが困っている様子>

門川さん/カム!カム!
(映像:利用者が帰った後のすまいる、机や椅子が片付けられて広々としている。床は黒く壁は白。室内には銀色の点字ブロックが敷設してある。すまいるで職員と遊ぶベイスの姿。ひもを加えてひっぱってもらう、ボールを投げてもらう。それを見る田中訓練士。)
解説/この日、門川さんの依頼を受け、訓練士の田中さんが、職場に駆けつけました。NPOのスタッフが、仕事の合間にベイスの遊び相手になっていると聞いた田中さん。普段の様子を見せてもらうことにしました。スタッフと大喜びで遊ぶベイス。これが原因の一つではないかと、田中さんは考えました。健聴者のスタッフと遊ぶ方が楽しいため、ベイスの中で門川さんの価値が下がっている、と指摘しました。
(映像:すまいるで田中訓練士の話を聞く門川さん。触手話通訳はすまいるの女性職員)
門川さん/遊びのときに僕も入った方がいいっていうことですか?
田中さん/本当は入った方がいいです。で、一番門川さんが楽しい人になって欲しいです。
解説/田中さんは、ベイスがどうすれば喜ぶのか。門川さんにもできる遊び方を伝えることにしました。門川さんがベイスと信頼関係を築いていくためには、人一倍の努力が必要です。
<写真:正しい遊び方を教わり ベイスにけじめのある遊びかたを教える門川さん。 ひもをかませた後「アウト」でひもを離すよう指示する>

門川さん/アウト!
解説/失敗をしなければ学ばない人と盲導犬が過ごす時間は、平均8年。門川さんは、ベイスと経験する様々なつまづきも、大切にしていきたいと考えています。
(映像:淀川の側道をベイスと歩く門川さん。いい天気。)
(映像:再び淀川の土手に座りベイスを撫でながら話をしている。日が傾きかけ、心地いい風が吹いている。)
門川さん/僕とか目が見えなくて、耳が聞こえない人間。失敗を繰り返して繰り返すんじゃなくて、失敗する中から、上手くいくことを見いだしていくこと。逆に考えたら、失敗がないってことは、ほとんど新しい学びがないということにもなるから、失敗を繰り返すことが、いろんなことを吸収できて、いいんじゃないかなと、僕はこれまでの経験のなかから、そう思ってます。
<写真:ベイスと土手を歩く門川さん。>

解説/盲ろう者 門川紳一郎さんと盲導犬 ベイス。誰も通ったことのない道を、共に切りひらいて行きます。