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プロ・タクタイル その1

2014.12月

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動画編集・翻訳:NPO法人 視聴覚二重障害者福祉センターすまいる


ジェリカ/こんにちは!私たちのvlogにようこそ。その名も・・・

AJ/プロ・タクタイルです!PTと略します。

ジェリカ/私の名前はジェリカです。アルファベットのYを肩から腰に斜めに動かすのが私のサイン・ネームです。

AJ/私はAJです。指文字で表します。

ジェリカ/最近大きな話題になったPTをご紹介します。

AJ/特に最近大きな注目がPTに向けられています。 PTに賛同したり、関心を寄せたり、熱意を持って下さった皆さんに心から感謝しています。 長い間、お待ちいただき、ありがとうございました。 ジェリカと私は数年前から、PTの開発をしていますが、なかなか進みませんでした。 二人には仕事と家庭があり、日々の生活に追われています。 PTはアメリカに広がり、もっと情報が欲しいという声もでてきています。 まずこのvlogを作りました。今後、随時、更新します。

ジェリカ/AJの言う通りです。 さて、私はアッシャーです。AJもそうです。 二人ともシアトルに住み、ご協力下さった方の多くもシアトル在住です。 シアトル以外の方もいます。 皆さんに御礼申し上げます。 私とAJが互いの膝を叩き交互に話をしているのがおわかりでしょうか。 これがPTです。 AJ、PTの名前の由来を説明してもらえますか。

AJ/もちろん。何度も質問を受けました。 単語の頭にproが付くと、後継の意味を肯定します。 PTは触手話だと思われているでしょう。 基本的なPTの意味は触覚による受信だとご想像と思います。

ジェリカ/でも、実は違うのです。

AJ/全く違うのです。 全ての盲ろう者が触覚を使っているとは限りません。 確かに数は多いですが、必ずしも全ての盲ろう者が そうしなければならないと言うわけではありません。 皆さんが決めることです。 PT本来の意味は触覚です。 コミュニケーションとして触覚を尊重すること、これこそPTの表すものです。 今ジェリカと私は互いの脚、手、肩、腕を叩き、 ずっと相手に触覚的なフィードバックをしています。 これこそPTなのです。

ジェリカ/そうですね。ろう者は表情を見たり、 ろう文化独自の方法で意思疎通を図ります。 手話を使う人と使わない人、この両者でも視覚を使い意思疎通を図ります。 盲ろう者の場合は多様です。問題となるのは触覚です。 意思疎通を可能にするのは触覚の価値の相互理解です。 まさにAJが良い例です。 私の話に耳を傾けながらリアクションしています。 目が見える人は相手の様子、頭を上下に動かすうなずき 驚きで口をぽかんと開く目をみひらくなど、視覚的な情報を得ることで他者との会話を成立させます。 盲ろう者は見えませんね。 相手が声でうなずいてもろう者には聞こえません。 なので、ろう者は他者の表情や体の動きをよく見て、 相手のことを察し、人間関係を構築します。 ろう者は目で見る。健聴者は耳で聞く。 PTは盲ろう者にとって同じ役割を触覚的にします。 AJが私の膝を叩くことで、彼女のことがわかり、 お互いに通じ合うのです。とてもシンプルですね。

AJ/そうですね。 シンプルと言うと誤解されることもあります。 皆さんはうなずきを目で見ることができます。 では、ジェリカは?どうやって知るのでしょう?

ジェリカ/うなずいている相手の頭を触るのは不自然です。 ですので、このように膝を軽く叩くのです。

AJ/相手のうなずきに合わせて同時に相手の膝を叩きます。 PTでは情報が共有できます。 文字で電話ができるTTYを例に出してみます。 TTYは途中で口を挟めず、相手のタイプが終わるのをじっと待ち続けます。 相手が打ち終わるのをひたすら待ち続けた後、 「それ、もう知っています。」こんな調子でした。 これがテクノロジーの持つ限界なんです。 PT以前はこのように人とのやり取りは限られ、 物事はスムーズにいかず、効果的な合図を知るすべもありませんでした。 PTは即座にでき、会話も途切れません。 コミュニケーションに時間のずれが生じたり、いらいらすることもなく、情報がすぐ伝わります。 自分が話している相手の情報が即座に入るのです。 ちょうど今ジェリカがフィードバックしています。 すばらしいですよね!

ジェリカ/より円滑で自然ですね。 以前はどうしていたのか? 見える人のやり方に従っているだけでした。 盲ろうに関する知識と専門性を持っているのは見える人だと思い込み、 盲ろう者の世界は健聴者とろう者が独占していました。 そのため、ストレスを感じ、物事がなかなか理解できず、何かを知ろうとしても、いつも後回しにされます。 途中で、人に話しかけても「ちょっと待って、後で」と言われるだけなのです。 見える人は盲ろう者から手を離し、何も知らせず、その場に立たせたまま。 これではいけませんね。両者がPTを用いれば、相手が用事の途中でも状況を常に把握できます。 PTを使い、参加できます。「友達と話がすんだらね」と言う必要はないのです。 盲ろう者も会話の輪に入っていけるのです。 全てを通訳をしなくても周囲に参加できる、これがPTの背景にある基本的な考え方です。 自分たちで物事を感じ取ることができます。 周りがしていること、話していることを見るのは楽しいですよね。 人は立ち聞きするもの。盲ろう者も同じです。

AJ/ジェリカに同感です。日々の行動につながる哲学となるのがPTだと強調しておきます。 PTは社会文化的に生まれたものであり、影響を与えるのは個人的、政治的・・・それから何だったっけ?

ジェリカ/言語学的にもね!

AJ/私たちの日々の言語学的側面にもね。

ジェリカ/PTついて簡単にご紹介しました。 これからもvlogを投稿していきます。 まず、相づちについて詳しく見ていきます。 触手話についてもみていきます。 これはほんの導入です。 これからもたくさんのvlogを投稿していきます。 PTが持っている様々な哲学的な側面、個人、政治、言語にある意味について考えます。 PTを用いることによって皆さんの職場環境や人間関係などに生じる影響についても考えます。

AJ/それでは、そろそろこのvlogを終わります。 次回、ご紹介するのは相づちについてです。 例を用いながらやり方をご説明します。 触手話の話もします。 PTを皆さんに紹介でき、とても嬉しく思います。 ありがとうございました。

ジェリカ/待って!まだあります。誰でもPTを使うことができます。 ろう者が盲ろう者とコミュニケーション時、健聴者が盲ろう者とコミュニケーションする時、PTを使うことができます。難聴者も! PTは盲ろう者のための手段であり、盲ろう者に自然な世界をもたらします。 ありがとうございました。

AJ/皆さんをこの新しい世界に歓迎いたします!みんなでPTをしましょう!

ジェリカ/AJとジェリカでした。

AJ/ありがとうございました。では、また!